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【転職歴8社目】私のキャリア、転職回数、年収などについて

 

前回書いたような経緯から、イギリス系のバークレイズ証券に転職することとなりました。これで9社目です。もう尋常じゃない経験社数となってしまいました。こうなると日系企業に転職して定年までやり切るのは難しいですし、外資金融で定年まで勤めあげる人は、少なくとも私の知っている人にはいなかったので、今後の人生をどのように乗り切って行こうかなという不安は常に伴っていました。

 

再び融合の難しさを経験する

 

さて不安と期待の入り混じったバークレイズ証券への転職でしたが、外国人も日本人も良い人が多い会社でした。

 

私に転職の機会を与えてくれた元リーマンブラザーズの外国人ディレクターは、バークレイズ証券のファイナンス本部に移り、その中のプロダクトコントロールという部でヘッドをしていました。当時のファイナンス本部の構成としては、CFOを頂点としてその下に5つ程の部があったと記憶しています。ファイナンス本部全体では40人程度だったでしょうか。この外国人ディレクターは、野村證券に移った元リーマンブラザーズの社員何人かに声をかけていて、最終的には私を含め5人程バークレイズ証券に転職していきました。さらにはこの外国人ディレクターが転職する前に、元リーマンブラザーズの社員が2人程バークレイズ証券のプロダクトコントロール部に転職していたので、合計7人が元リーマンブラザーズの社員ということになりました。当然ながら元リーマンブラザーズの社員と、元々いるバークレイズ証券の社員の関係性は、当初はあまり良いものではありませんでした。日本人社員は元リーマンブラザーズの社員も、バークレイズ証券の社員もお互い上手くやっていたとは思いますが、部の上層にいる元リーマンブラザーズの外国人社員数人と、バークレイズ証券の社員の間の関係性があまり良くありませんでした。当然と言えば当然ですが、自分の会社にいきなり外から入ってきた人間が、自分の部の上のポジションを占拠していったのなら感情的に面白いはずはありません。しかしながら、このように一人の社員が部のヘッドとして転職し、その後に何人か知っている人間を引き抜くというのは外資系では珍しい事ではないと思います。

 

バークレイズ証券での仕事

 

私個人の仕事内容としては、プロダクトコントロールではありましたが、以前とは違う商品を担当することとなりました。金融商品は商品が違うと全く別物ですので最初は色々と大変でした。仕事に慣れたような慣れないような感じではありましたが、何とか日々の業務をこなしていました。まわりの人たちも非常に良い人が多かったので、仕事の環境としては恵まれていたと思います。

 

30代半ばでマネージャーに昇進

 

キャリアとしては生まれて初めてマネージャーとなったのがバークレイズ証券に在籍していた時でした。コーポレートタイトルは引き続きアシスタントヴァイスプレジデントのままでしたが、マネージャーという役職を担うことになりました。コーポレートタイトルと役職は何が違うのか分かりずらい人もいるかもしれません。マネージングディレクターやディレクターなどというのはコーポレートタイトルで、役職とは違います。ディレクターの中でも部長の人もいれば、部長ではない人もいます。コーポレートタイトルというのは社内の規定で決まっているタイトルで、そのタイトルは必ずしも役職を示すものではありません。役職となると部長、課長などとなってきます。私はマネージャーになった時には既に30代半ばでしたので、昇進スピードとしては遅い部類に入ります。30代前半までは他業種にいてからの転職という事を考慮しても、年齢だけで考えると決して早い昇進ではありません。新卒入社組で昇進が早い人だと20代後半にはマネージャーになっている人もいるのではないでしょうか。一方でマネージャーになる前に金融業界から去っていく人たちもいるので、新卒入社組全員がマネージャーになれるわけではありません。

 

9回目の転職へ

 

まわりの同僚とも良好な関係を構築していましたし、この段階では転職は考えてはおりませんでした。何が転職のきっかけになったかというと、まず転職エージェントから「野村證券でdanshuさんが以前に所属していたチームで人を募集しているから興味があれば履歴書を出してみませんか」という連絡を受けたのがきっかけでした。外資系の転職エージェントというのは非常にアグレッシブで、こちらが特に転職活動をしていなくても、一度登録した人材には定期的に案件を紹介してきます。メールだけならいいのですが、仕事中に電話をしてくることも珍しくはありません。

 

この時に断ればよかったのかもしれませんが、外資金融に勤務していて常に定年まではいられないだろうという不安も常にありましたし、もし日系に戻るチャンスがあるならこれが最後だから受けてみるかなと思い、とりあえず応募をしてみることにしました。ここら辺から転職の軸が非常にブレていくこととなりました。普通に考えるとサラリーマンとしては、する必要の無い転職だったと思います。

 

野村證券への出戻り

 

さて、応募をした後にどうなったかというと、この野村證券のポジションは、以前私が所属していたチームだったこともあり、チームには元同僚もいましたので数回の面接を経てスムーズに内定が出ました。

 

ここまで転職を繰り返していると転職に対する心のハードルが低くなってしまっています。何か変化を求めたい場合に社内に目を向けるのではなく、社外に目を向ける癖がついてしまっていました。例えばですが、別の仕事がやりたいと思った場合、一つの方法としては社内に目を向けて、部内もしくは他部署への異動の打診をするという方法があると思います。もう一つは社外へ目を向け転職をするという方法です。これは転職をしたことが無い方や転職回数が1回や2回程度の方でしたら、まずは社内に目を向けるという思考になると思います。私の場合、自然と考えが転職に向いてしまうようになっていました。

 

ただバークレイズ証券を辞めるにあたっては、バークレイズ証券への転職のチャンスを与えてくれた外国人上司の方を裏切る形になってしまうので、非常に悩みましたし申し訳ない気持ちでいっぱいになりました。バークレイズ証券には約3年近くいたことになりますが、今振り返ってもリーマンブラザーズ証券とバークレイズ証券が、私には一番合っていた環境なのかなと思います。ちなみにですが、私が知っている限りでは、私と同時期にバークレイズ証券のファイナンスに転職してきた元リーマンブラザーズ証券の同僚たちは、今は1人以外全員辞めてしまい他社に転職してしまっているようです。

 

ちなみにこの時にもらっていた年収(ボーナス込み)が私の今までのサラリーマン人生の中では最も高かったです。野村證券に転職する際に年収は下がったのですが、外資系から日系なので、その点は安定と引き換えに仕方のないことだと割り切っていました。

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 danshu

リーマンブラザーズ証券、野村證券、モルガンスタンレー証券など10回以上の転職を経験。実体験に基づいたリアルな情報を発信していきます。

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