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【転職歴6社目】①私のキャリア、転職回数、年収などについて

 

さて、前回の記事ではリーマンブラザーズから内定を貰うまでを書きました。32歳で6社目、初の金融業界です。ちなみに以前の記事で勉強中だと書いていたUS.CPA(米国公認会計士)には、リーマンブラザーズ転職後に最終合格をしています。

 

外資系金融機関 / 外資系投資銀行の組織やタイトル

 

私が内定を貰ったのはファイナンスという組織です。組織の構成としては、CFOが頂点にいて、その下に会計、経理、税務、財務などの機能を持った部門があります。私が働くことになった部門はプロダクトコントロールという部門でして、業務内容としては日々の金融商品ごとの収益管理が主な仕事です。商品といっても様々で現物株式、株式デリバティブ、国債、社債、オプション、株の引受、債券の引受など商品によってチームが分かれています。プロダクトコントロールはファイナンスの中でも最大で、人数にして40人程度はいたのではないでしょうか。

 

ちなみに金融機関の組織は大きく分けてフロントオフィス、ミドルオフィス、バックオフィスの3つの機能に分類できます。フロントオフィスというのは収益部門のことで、投資銀行部門、トレーディング部門、営業部門などがあります。ミドルオフィスというのは株式や債券の決済を担当している部門です。バックオフィスはファイナンス、IT、人事、総務など管理部門となります。

 

ヒエラルキーに関しては、リーマンブラザーズでいうと、マネージングディレクター、シニアヴァイスプレジデント、ヴァイスプレジデント、アシスタントヴァイスプレジデント、アソシエイト、アナリストとなっていました。会社によって呼び方も多少違っており、シニアヴァイスプレジデントではなく、エグゼクティブディレクターとか単にディレクターと呼ぶ会社もあります。また、会社によってはよりフラットなところもあり、アシスタントヴァイスプレジデントとアソシエイトという分類はなく、アソシエイトでひとくくりになっているところもあります。逆にもっとタイトルが多い会社もあります。

 

リーマンブラザーズでは新卒時のタイトルは大学を卒業して入社してくるとアナリストから、大学院を卒業して入社してくるとアソシエイトからスタートすることになります。ここでいうアナリストとは社内のタイトルのことであって、よくテレビで見る株式アナリストとは違います。株式アナリストは職種であって社内タイトルではありません。テレビでコメントをするような有名アナリストは、社内タイトルでいうとディレクターやマネージングディレクタークラスの方々です。

 

外資系金融機関 / 外資系投資銀行の企業文化

 

企業文化の面をお話しますと、外資金融 / 投資銀行の企業文化は今まで経験してきたどの業種とも全く違うものでした。まず外国人社員の数が多いです。私も実際にファイナンス本部の社員全員の人数を数えたわけではないので正確ではないかもしれませんが、リーマンブラザーズのファイナンス本部でいえば、3分の1程度は外国人だったのではないでしょうか。

 

外国人従業員の人数に関してはバックオフィス、ミドルオフィス、フロントオフィスで異なると思います。投資銀行部門や営業部門ですと、顧客企業の担当者は日本人であることが多いので、外国人従業員の数は他部門と比較すると少ないです。これがバックオフィスですと相手にするのが社内の人間か、もしくは本国の人間というパターンが多いので、外国人社員の割合が増えます。

 

基本的に外資金融には英語ができない人は入ってこないです。スピーキングが苦手な人はいるかもしれませんが、ビジネスレベルの読み書きができない人はいないと思います。まず社内の共通言語が英語なので、英語での読みができないと全社に発信されているメールが読めません。バックオフィスに関して言えば、日本人同士でも英語でメールのやり取りをすることが多かった。会議も外国人がいる際には当然英語です。

 

私自身は留学経験がありましたし、以前の仕事でも英語に触れる機会は普通の人よりは多かったと思うので、英語で業務を進める事に対しての免疫はあったつもりですが、まわりの同僚の3分の1程が全て外国人という環境は全く想像を超えるものでした。

 

私自身も英語の基礎はありましたので、慣れてくれば業務に支障はなくなってきましたが、慣れるまでが苦労しました。まず私が所属していたチームの構成についてお話します。私の所属していたチームでは、一番上にシニアヴァイスプレジデントの日本人の方がおりました。この方はデイリー業務をやるわけではないので、私のレベルではそこまで毎日密に仕事をするわけではありませんでした。その下にアシスタントヴァイスプレジデントの外国人、その次にアソシエイトの私自身、最後にアナリストの外国人という構成でした。つまりデイリー業務をやる上では、私以外の2人は外国人という環境でした。最初の頃は教えてもらった事を理解した上でノートに取るのも時間がかかりましたし、そもそも自分の理解が正しいのか不安になりながらノートを取っていた記憶があります。

 

仕事をする上で最初に困ったこと

 

しかし、それ以上に困ったのが海外との電話でした。業務上、海外と電話なりメールなりでのやり取りが毎日あったのですが、特に困ったのがインド人との電話でのやり取りです。インド人と仕事をしたことがある人なら分かると思いますが、インド人が話す英語には独特のインド訛りがあります。訛りに関しては私の英語も日本語訛りが強いので、あまり他人のことは言えないのですけどね(笑)。まあ、それはさておき、彼らは訛りが強い上に、早口で一気呵成にまくし立ててきます。最初の頃は何を言っているのか全く聞き取ることができませんでした。しかし人間の適応能力というのは凄いもので、最初はもう未来永劫聞き取れることはないだろうと思っていたインド人の英語も、不思議なもので場数をこなしていくうちに聞き取れるようになってきました。

 

仕事に関しても全てが初めての事ばかりで何をするにも時間がかかり、気が付けば23時を回ることはしょっちゅうでした。あの時の感覚だと21時に終われば早く終わったなという感じでした。仕事で関わってくる人たちも良い人たちが多く、私が入社前に感じていた外資金融はハイエナみたいな人達ばかりだという印象とは違うものでした。当然、仕事の結果に対する要求レベルは高かったですし、社員も優秀な人達ばかりでしたので、皆が非常に高い倫理観を持って仕事をしていました。ですので良い人たちといっても、なあなあな感じの居心地の良さではなく、緊張感がある中にも変な居心地の悪さは無かったというのが正しい表現でしょうか。

 

このように、業務そのものは大変でしたが、それでもリーマンブラザーズでは楽しく過ごせました。仲の良い同僚もできましたし、金曜日には彼らと仕事終わりに飲んで帰ることも多々ありました。それまで六本木という街には縁が無かった私も、色々と六本木の楽しさを体験できました。仕事は大変でしたが、サラリーマンとしてはこの時期が一番楽しかったです。

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リーマンブラザーズ証券、野村證券、モルガンスタンレー証券など10回以上の転職を経験。実体験に基づいたリアルな情報を発信していきます。

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