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【転職歴10社目】私のキャリア、転職回数、年収などについて

 

さて、いきなり複数回にわたってシリーズ化することとなってしまった私のキャリアですが、いよいよ最終章に近くなってきました。

 

いよいよ10社目(9回目の転職)

 

大学を卒業して初めて会社に就職した時には、まさか自分が10社も経験することになるとは思ってもいませんでした。最初に入社した会社を辞める時には悩みはしませんでしたが、すごく緊張したのを覚えています。当時は実家暮らしでしたので、親にも会社を辞めることを言ったのですが、その時に親がどのような反応をするのかなと考え、とてもドキドキしました。また、辞めることを上司に伝えた時のこともいまだに覚えています。取引先に訪問に行った際に、一緒に喫茶店に入りそこで辞めたいという意思を伝えました。何か悪いことをしたような罪悪感というか、申し訳ない気持ちで伝えたのを覚えています。上司としたら、そこまで重くは受け止めていなかったとは思いますが、伝えた側の私としては、ものすごい告白をした気持ちになっていました。

 

そこからある意味で私の転職に対してのハードルが低くなり続けたということなのか(それでも転職する際には毎回悩みますが)、10社も渡り歩くことになりました(10社には野村證券への出戻り転職もカウントしていますが)。何が良い会社かというのは色々な判断基準がありますし、各人の価値観があるので必ずしも有名な会社や年収の高い会社が良い会社とはいえないと思います。一方でよくある業界内での格付けや入社難易度だけで判断すると、恐らく私の転職歴の中では10社目のモルガンスタンレーが一番の会社でした。

 

モルガンスタンレーの雰囲気や企業文化

 

会社の雰囲気としては外資系企業と日系企業のちょうど中間的な印象でした。今は知りませんが、私が入社した当時はCFOをはじめファイナンス本部の上層部の方々は全員日本人で、さらには長年モルガンスタンレーで仕事をしている方々でしたので、その方たちの雰囲気がそのままファイナンス本部の雰囲気というか文化になっていました。リーマンブラザーズは今までの中で一番外資という感じでしたし(むしろ外国で働いている感じもしました)、逆に野村證券は伝統的な日系企業という雰囲気でした。モルガンスタンレーの文化はその中間的なものでした。

 

モルガンスタンレーは外資金融の中では比較的リストラが少なかったのではないでしょうか(私の所属していたファイナンス本部での話しで、それ以外の部署は分かりませんが)。CFOがリストラは極力しない方針だったのか、それとも三菱系と資本提携したことによって日本へのコミットメントを示すためだったのか本当の理由は分かりませんが、ここれは社員の観点からは間違いなく良い点でした。

 

悪い点は何かと問われると思いつきません。悪い点と良い点が混在していると思ったのは、ファイナンス本部の上層部が長期政権についていたことでしょうか。上層部が長期政権を握っていたので、部の雰囲気に自分がマッチすればとても居心地が良いと思います。実際に新卒から長く勤めてる社員も多かったです。逆に辞めていった人の多くは文化や雰囲気が合わなかったいとう話をよく聞きました。外資金融ではCFOなど上層部が海外からの駐在員ということも珍しくはないので、数年たてば部の雰囲気が変わったりすることもよくあるのですが、良くも悪くもモルガンスタンレーのファイナンス本部は雰囲気が安定していたと思います。

 

40代になったがまだキャリアの方向性について悩む自分

 

私自身はどうだったかと問われると、あまり馴染めずにおりました。これには私の努力が足りなかった部分が大きかったと感じています。私自身がサラリーマンで頑張ろうというモチベーションが低下していた時期でもあり、自分から積極的に雰囲気に馴染もうという努力が欠けていました。逆にモチベーションが最高潮だったのはバークレイズにいた時だと思います。年齢を重ねるとともに自分の実力やキャリアの先が見えてきたこともあり、それにともなって以前のような気持ちで働くことができなくなっていました。

 

転職回数は多いものの職種としてはずっとファイナンスという分野に携わってきており、ある意味マンネリ化してきてしまった部分もありました。ファイナンスという仕事に向いてたのか向いてなかったのかという観点からだと、個人的にはあまり向いてはいなかったのではないかなと思いますが、一方で約10年間外資金融にいたけれどリストラにあったことは一度もないので、どうしょうもないくらい不向きだったわけではないのかなとも思います。

 

モルガンスタンレーに在籍中はキャリアの方向性で毎日のように悩んでいました。私の実力ですと上がれるポジションの限界も目に見えてきていましたし、定年まで勤めあげるような業界ではないので、どこかの段階で身の振りを決めなければとは常に考えていました。バックオフィスで私のタイトルだとハッピー・アーリー・リタイアメントできるような給料は貰っていませんでした。ちなみに私はモルガンスタンレーではシニアマネージャーというタイトルでしたが、これは他社のアシスタントヴァイスプレジデントと同等のタイトルです。シニアマネージャーという響きはとてもシニアなポジションのような印象を与えますが、タイトルのヒエラルキーでいうと丁度真ん中です。

 

結局数年に渡り悩んで出した結果は退職でした。退職してフリーランスで仕事をすることにしました。組織で働くのに疲れたというのもありましたし、私自身、恐らくどの業界にいっても会社員で働く限りはモチベーションが湧くイメージを持てなかったためです。

 

約7年間いくつかの業種を経て、その後は約10年間外資金融にいましたが、ここで一旦サラリーマン生活にピリオドを打つこととなりました。

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 danshu

リーマンブラザーズ証券、野村證券、モルガンスタンレー証券など10回以上の転職を経験。実体験に基づいたリアルな情報を発信していきます。

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